第一人者が語る、
ビジネス英語にCEFRを活用
すべき理由とは?
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肩書はインタビュー時のものです
そうですね。学校だけでなく例えばNHKは、語学番組のレベルの目安にはCEFRが採用されています。でも実は、CEFRがヨーロッパで発表されたのは今世紀に入った2001年のことで比較的新しいものです。
2004年に「日本の小学校、中学校、高校では英語の到達度目標をどのあたりに設定して、目標に向けて実際にどんな勉強をしているのか」という全国調査を行いました。調べてわかったのは、小中高と進級していった先の最終到達目標というイメージが、ほとんど共有されていない事実でした。目標設定は学校ごとにバラバラ、一口に中級と言ってもばらつきが大きいといった具合です。
これはまずい、何とか変えていかねば…ということで、最終到達目標をどう設定していくべきかを探るために、国内外で調査や視察を行っていきました。
CEFRに着目したのは、世界的に見て汎用性があり、かつ日本に応用できそうだったからです。ヨーロッパ諸国で議論して出来上がった膨大な量の資料に目を通し、そのすごさを実感しました。まずは、言語の枠をとっぱらって「何ができるか」というCAN-DOが設定されている。しかもシラバス構築やテスト設計の手順がしっかりと形式化、ルール化されている。我々が一から議論して新しいものを作るよりも、絶対にこれを活用すべきだと思いました。
そして、CEFRをベースとし、日本の英語教育に特化した枠組みとしてCEFR-Jを作ったのです。バージョン1を発表したのは、2012年のことでした。
日本の英語教育、つまり日本人の英語能力に合わせてCEFRよりも設定を細分化したことです。日本人にとって現実的な達成レベルにCEFRの枠組みをすり合わせた感じです。具体的には、CEFRではレベルが発表当時6段階でしたが、CEFR-Jは12段階です。さらに、最も初歩のレベルとしてCEFRにはないPre-A1という段階を設けました。
そして全12段階において英語の語彙や文法・表現のレベル付け(reference level description)の方法を記述した詳細な資料を作りました。これで「英語を使って何ができるか」というCAN-DOリストというゴール設定が、日本向けにより細かくできるようになったわけです。
こうしてできたCEFR-Jを広く使ってもらえるような取り組みも行ってきました。研修やテストでの取り組みもその1つです。日本でも徐々に浸透している実感があります。
そうかもしれません。CEFRは自分の現在の英語力の把握が客観的にでき、目指すべき目標を総合的に参照できる枠組みです。語学能力の観点が細かく網羅されているので、少し理解が難しいかもしれませんね。でも実は、隅々まで細かく網羅した総合的参照枠組みだからこそ、汎用的に何にでも使えるのがCEFRなんです。「あなたのニーズに合わせて好きなところを、どうぞ自由に使ってください」というスタンスです。「記載された項目は全部やるべし!」といった押し付けは、一切していません。
CEFRを一般の方々に親しんでもらうためには、最初は「日本の学校の英語教科書で言えばこのレベル」「TOEFL®なら○点くらい」のように、多くの人が容易に想像できる例を出すのもいいでしょう。あれこれ言い換えながらCEFRの使い方や目安を具現化させていくことで、共通のイメージが少しずつ形成されていくはずです。1つの例ではピンと来なくても、数多く出される例を重ね合わせて全体の輪郭がわかっていく感覚が大切です。
また4技能別の英語力も、わかりやすい具体例でレベルが表示できるといいですね。リスニングであれば、「騒音が多い中で電車の車内アナウンスが聞き取れる」とか、リーディングであれば「このレベルであれば、簡単なメモやパーソナルな手紙程度しか読めないけれど、こちらのレベルまで上がれば、難しい新聞の社説が読める」などなど。具体例があればあるほど、「あ、それなら、自分のレベルはこのあたりかな」といったイメージもしやすくなります。
従来の日本の英語学習は、学校での文法と訳読が中心でした。文法の知識があって読んで意味がつかめればよかったわけです。
一方、機能主義の言語学の影響でできたCEFRのような枠組みでは、コミュニケーション能力が重要視されます。これが盛んに言われるようになった研究成果の結晶といえるものの1つがCAN-DOです。
CAN-DOを意識すると、文法や語彙を自分で使う力に転換する発想が生まれます。さらに、その結果何ができるかも意識できるようになる。これがCAN-DOに基づいた言語学習で、目標の見方が画期的に変わることになったのです。生きていく上で必要な道具として英語を学ぶという考え方に、全体がシフトしてきているのです。
おっしゃる通りです。従来型のビジネス英語のゴール設定は、内容理解やキーフレーズを覚えて言えるかと言った、教科書で学んだ学校教育の英語の延長線上で、内容的にほとんど違いありませんでした。頭の中では理解できたつもりでも、いつでも臨機応変にすぐ使えるようにするためのトレーニングまでは、しっかりできていませんでした。
ビジネスコンテクストで、具体的に英語を使うさまざまな場面において「この能力であれば、このレベルの英語」といったように、CEFRを軸足としてしっかり分析、そして蓄積していくことができれば、企業の大きな財産になるでしょう。
まず、世界的に見れば、学習者の外国語能力の一般的な記述はCEFRに置き換えることがデフォルトです。各種技能検定テストのスコアもCEFRで示される。CEFRが、世界基準の最も一般的な指標として使われているのです。
その流れを受けて、グローバル企業での英語の共通のレベル参照はCEFRで行うところが増えてきています。そういった意味でも自社の英語教育を、CEFRに照らし合わせて一度見直してみるとよいかもしれません。
日本の企業は、社員のTOEIC®LRの点数を上げることだけにまだフォーカスしているふしがありますが、社員が英語を使ってできる仕事を増やしていくことにも着目すべきでしょう。そのためにはCEFRを基にして企業独自のCAN-DOを作ってみることもお勧めです。これによって実務により即した、パフォーマンスベースの英語の習得が可能になります。
一般的にTOEIC®L&Rのスコアが800点ほどでB2になると言われています。けれども、発信力、特にスピーキングで見たときには、そこまで到達していないケースが多い。日本人の場合、一般的に読み書きという受信力の方が強く、書き・話すという発信力、特にスピーキングの力が弱くなります。平均すると発信力は受信力に比べてCEFRで1レベル低くなる。4技能のなかでもバランスの偏りを是正するにも、CEFRは効果的です。
具体的には、企業のさまざまな英語力のトレーニングや評価を、CEFRを使って効果的に行うことです。4技能のバランスを考えながら、企業側が社員に英語を使って何ができるようになってほしいかという目標もはっきり示すようにすれば、波及効果も大きくなります。具体的な目標をベースに勉強する方が、トレーニング効果が格段に高くなるということです。そういう目線でCEFRを積極的に活用してほしいと思います。
もちろん、企業としても実際の場面で英語をどれくらい、どんな場面で社員が使うかといった体験の蓄積、ケーススタディーみたいなものがしっかりできていないと、CAN-DO目標は立てられないでしょう。CEFRをベースにすればそれらの経験値を可視化することも容易になるので、まずは少しずつ蓄積を増やしてほしいですね。
はい。研修担当者であれば、現在のプログラム評価にCEFRを当てはめて使ってみるといいと思います。改善する点がないか、欠けている部分はないかをCEFRで見極めていく。これが最も典型的かつベストな使い方です。発見があるはずです。
このとき、学習者のマインドセットの変革も、一緒に提案してあげられるといいと思います。与えられたトレーニングやコースを受け、言われたことだけをやっていく……。常に受け身で、レールの上を乗っかってさえいれば力がつくという幻想を打ち砕くのです(笑)。勉強は本来そういうものではないと企業側が言い続けるのは、大切なことです。
その通りです。こんな見直しを行っていけば、企業研修の仕方もおのずと変わっていくでしょう。B1レベルに到達すると、学習者がある程度自分の英語能力を判断できるようになり、個人的な目標を自発的に設定できるようになります。加えて、目標達成の実現に向けての勉強法も1人で計画できる力がついてきます。こういった学習者は「自律的な学習者」と呼ばれます。
自律的な学習者は、「今の自分の英語のレベルはこの辺りだから、こうした学習をどれくらいやっていけばいい」と自分で設定したゴール設定に向かって、学習の道筋を自らプランニングできるのです。自律的な学習者が増えていけば、企業の英語研修は学習のための時間や場所、リソースの提供や、学習の相談に乗れるアドバイザーの配置といったものに変わっていくでしょう。
そのためには、企業側が必要な英語力の分析をきっちり行って、はっきりとした形で提案することが重要です。さらに、実現に向けたロードマップ的なものを提示して、「こんな英語力が身につつけば、仕事で〇〇や△△も手がけることができる」といった具体例を見せていけるといいでしょう。
このとき、企業側は、会社で身に着けてほしい最低限のコアな英語力と、場面別、領域別に必要になってくるハイレベルな英語力といったものをCAN-DOにしておくのが理想です。やるべきことが社員もはっきりわかって、自律学習をより一層後押しできるようになるからです。
ヨーロッパではポートフォリオの中に、客観的な検定試験の評価とは別に、必ず自己評価を入れます。学ぶ人が現在の自分の立ち位置を把握し、どの方向に向かってどこまで行くか距離を推し量りながら学習を進める。自己評価やプランニングをするときの軸になっているのです。strategicに学習していくほうが絶対に力がつきます。
これも外国語学習の見方を大きく変える可能性を秘めたCEFRによるところが大きいと言えるでしょう。現にCEFRベースのCAN-DOにより英語教育を受けている今の生徒、学生たちは自律的な学習者としての資質を備えて社会に出て行くことが期待されます。受け入れる企業の体制の変化も、早急に求められるはずです。ビジネスの文脈においても、CEFRの普及と定着、活用を大いに期待しています。